AIエージェントを社員にしてみた【第1部】なぜ社内にAIを常駐させたのか

「また最初から説明するのか」
AIツールを開くたびに、同じことを繰り返している自分がいた。うちの会社の事業内容、チームの構成、今進んでいるプロジェクト、使っている技術スタック。毎回ゼロからコンテキストを渡して、ようやく使える回答が返ってくる。
正直、途中から面倒になってやめてしまうことも多かった。
これは我々だけの悩みではないはずだ。AI活用に積極的な企業ほど、この「コンテキスト問題」にぶつかっているのではないだろうか。
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中小企業の「人手が足りない」は構造的な問題
株式会社Atsumellは、AI開発のプロフェッショナルサービスを提供している会社だ。クライア ントの要件定義から設計・開発まで、AIネイティブなアプローチで伴走する。
聞こえはいいが、実態は少数精鋭のチームだ。
営業もやる、提案書も作る、開発もする、採用もする。中小企業ならどこも同じだと思うが、「手が足りない」は慢性的な問題だった。大企業なら専任のマーケティングチームがいて、専任のインサイドセールスがいて、専任の分析担当がいる。うちにはいない。
だからAIに頼った。Claude、Gemini、ChatGPT。色々使った。
でもどれも「その場限りのアシスタント」だった。
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AIに毎回「うちの会社はね…」と説明する虚しさ
2025年あたりから、AIの性能は劇的に上がった。Claude Sonnet、Gemini Pro、GPT-4o。どれも優秀だ。コードも書けるし、提案書のドラフトも作れるし、データ分析もできる。
ただ、一つ決定的な問題がある。
毎回、記憶がリセットされる。
月曜日にClaudeで提案書の構成を一緒に考える。火曜日に「昨日の続きで」と話しかけると、何も覚えていない。プロジェクト機能でドキュメントを渡しても、毎回整理してアップロードする手間がかかる。Geminiも同様で、会社固有の文 脈を継続的に保持する仕組みがない。
結局、AIを使いこなすために「AIに食わせるためのドキュメント管理」という新しい仕事が生まれる。本末転倒だ。
もう一つ。AIは「聞かれたことに答える」のは得意だが、「自分から動く」ことはしない。
「先週の商談の後、フォローメール送った?」と聞いてくれるAIがいたらどんなに楽か。「ブログのアクセス数が下がっているから、新しい記事を書いた方がいい」と提案してくれるAIがいたら。
そんなAIが欲しかった。
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「道具としてのAI」と「社員としてのAI」の違い
ここで我々の中で、明確に考え方が変わった瞬間がある。
AIを「ツール」として使うフェーズは終わった。次は「メンバー」として迎え入れるフェーズだ。
これは単にAIを擬人化してかわいがるという話ではない。具体的に何が違うかというと:
ツールとしてのAI:
- 人間が起動する
- 人間がコンテキストを渡す
- 人間が結果を受け取る
- 終わったら忘れる
社員としてのAI:
- 自分で状況を把握する
- 会社のことを覚えている
- 自分で判断して動く
- 学んだことを次に活かす
この差は小さいようで、運用してみると天と地ほど違う。
たとえば、ツールとしてのAIにブログ記事を書かせるとする。毎回、SEOキーワードの調査結果を渡し、過去の記事一覧を渡し、会社のトーン&マナーを渡し、ターゲット読者を説明して、ようやく1本書ける。準備だけで30分。
社員としてのAIなら、「ブログ書いておいて」の一言で済む。SEOキーワードは自分で調べる。過去記事との重複は自分でチェックする。会社のトーンは覚えている。勝手にやって、終わったら報告してくれる。
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求めたのは「指示待ちしないAI」
我々が作りたかったものを整理すると、こうなる。
1. 会社を覚えているAIであること
チームメンバーの名前と役割、進行中のプロジェクト、クライアントの情報、過去にやったことの結果。これらを蓄積して、会話のたびにコンテキストが厚くなっていく。デプロイし直しても記憶が消えない。
2. 自分で目標に向かって動くAIであること
KGI(最終目標)とKPI(中間指標)を与えたら、そこから逆算してタスクを分解し、優先順位をつけて、自律的に実行する。人間は「方向」を示すだけでいい。
3. チーム全員がアクセスできるAIであること
特定の人だけが使えるのではなく、Slackで@メンションすれば誰でも指示を出せる。チーム全体の集合知として機能する。
4. やっていいことと悪いことの区別がつくAIであること
お金が動くこと、外部にメールを送ること、データを削除すること。これらは勝手にやってはいけない。人間の承認を求めてから動く。逆に、情報を調べる、レポートを作る、社内ドキュメントを整理する、といったことは自律的にやってほしい。
この4つの要件を満たすツールやサービスは、当時どこにもなかった。
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「なければ作る」がエンジニア集団の強み
既存のサービスやフレームワークも検討した。
MicrosoftのCopilot Studio、GoogleのVertex AI Agent Builder、各種のAIエージェントプラットフォーム。どれも素晴らしいプロダクトだが、我々の求め るものとは少しズレていた。
大企業向けに設計されていて、中小企業が日々の業務でカジュアルに使うには重すぎる。あるいは、汎用的すぎて「うちの会社を理解する」仕組みがない。あるいは、追加のAPIコストが発生して、すでに契約しているAIサブスクリプションとの二重課金になる。
我々はシステム開発を生業としている会社だ。「なければ作る」は自然な選択だった。
すでにClaudeのサブスクリプションは契約している。Slackは全員が毎日使っている。GitHubでコードは管理している。
この3つを組み合わせれば、「社員としてのAI」が作れるのではないか。
そう考えて、プロジェクトが始まった。
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最初の一歩は「Slackに住まわせる」こと
具体的にどう作ったかは第2部以降で詳しく書くが、最初の設計判断だけ共有しておく。
AIエージェントの「居場所」をSlackにした理由は明確だ。
社員は毎日Slackを開く。会話し、ファイルを共有し、意思決定をする。AIエージェントもそこにいれば、特別なUIは不要になる。新しいダッシュボードにログインする必要もない。
@メンションすれば応答する。チャンネルの会話を見て文脈を理解する。人間の社員とまったく同じインターフェースで働く。
この「同じ場所にいる」というのが、想像以上に重要だった。わざわざ別のツールを開くのと、いつものSlackでメンションするのでは、使用頻度がまったく違う。
結果的に、チーム全員が自然にAIに仕事を振るようになった。
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第1部のまとめ:AIを「使う」から「迎え入れる」へ
振り返ると、我々がやったことはシンプルだ。
「AIツールの課題」を整理し、「こうあってほしい」を定義し、「すでに使っているサービスの組み合わせ」で解決した。
- Claude/Geminiの「記憶がリセットされる問題」 → 長期記憶の仕組みを自前で構築
- 「毎回コンテキストを渡す問題」 → 会社情報を常に保持する設計
- 「指示待ちの問題」 → 目標管理と自律実行ループの導入
- 「特定の人しか使えない問題」 → Slackを共通インターフェースに
特別な技術を使ったわけではない。Claude、Slack、GitHub。どれも多くの企業がすでに使っている、あるいは使い始めているサービスだ。
ポイントは「組み合わせ方」と「設計思想」にある。
次の第2部では、実際のアーキテクチャを概要レベルで紹介する。Slack × Claude × GitHubをどう繋いで、AIエージェントに「脳」と「手足」を与えたのか。
技術的に深い話も出てくるが、概要レベルで書くので、エンジニアでなくても読める内容にするつもりだ。
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*この記事は「AIエージェントを"社員"にしてみた」シリーズの第1部です。*
- 第1部: なぜ社内にAIを"常駐"させたのか(本記事)
- 第2部: Slack × Claude × GitHub — アーキテクチャ概要
- 第3部: AIが会社を"理解する"仕組み
- 第4部: Slackから指示 → AIが自律実行 — 集合知の作り方
- 第5部: OpenClawとどう違うのか
- 第6部: 実際に何が自動化できたか — 導入のインパクト
- 第7部: 中小企業がAIエージェントを導入するためのロードマップ
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*株式会社Atsumellは「つくりたいものがある人の、AI開発パートナー」として、要件定義から設計・開発まで、AIネイティブな体験で伴走します。AIエージェントの構築についてのご相談は、お問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。*



